

すみません。はしたなくなくて、、。
でも、マジで電車の中で下痢を我慢してる時と同じ苦しさと、いつまでこの苦しみが続くのか定かでない絶望感がそっくりだったんです。
学生の頃はしょっちゅう寝不足だったり、食い過ぎたりして、電車やバスの中でお腹が痛くなったり、貧血になったりしていました。
あの閉鎖的空間で、しかも人目がある所で冷や汗かく程苦しいのは、辛いですよね!
特に高校生の頃は電車やバスで気持ち悪くなってしゃがむ事が何度かありました。
ああいう時って、私の場合誰にも助けてもらえない事が多いんですよ。
え?美少女だったら話は違ったって??
やかましい!!
昔高校生の頃に一度、バスで立っていたらひどい貧血起きてしまい、しゃがみ込んだ事がありました。
誰も席を譲ってくれる気配もなく、スカートだったからしゃがみづらくて、時折立ったり、しゃがんだりを繰り返してたので、まるで遅めのスクワットでもしている様な感じで25分過ごしました。
あと1つバス停を超えれば降りられるってタイミングでサラリーマンが席を譲ってくれました。
え?!このタイミングで?!
やっと私が顔面蒼白で冷や汗ビショビショになってるのに気付いてくれたのか!と。
でも声かけるの遅いよ!!降りるの次だよ!と思いながら、座らせて頂きました。
まあ、遅いながらも譲ってくれるんだから良い人だったのかもしれないと思いつつ、複雑な気持ちを抱いた記憶があります。
それにしても、あのバスの中は日本の闇を感じました。
社会人は毎日クタクタで、人に同情する余裕なんてない。学生はそもそも人の辛さに関心がない。
1人1人が自分を犠牲にしてまで他人に構える余裕がなかった。あの静かな空間、、、。
人を助けるには心と身体が健やかでないと、なかなか難しいですからね。
でも、私はこの経験からなるべく、ピンチっぽい人には助け舟を出さんといかんな!と思う様になりました。
そう決意して15年の月日が経ったある日(おっそ)終電の電車で立ってたら、目の前の若い女の子の口から突然ゲボが出てきました。
彼女は手で一生懸命ゲボの行手を阻もうとしましたが、ゲボの勢いは止まらず、手の脇からどんどん出てきてしまい「終わった」みたいな顔して硬直していました。私はたまたま持ってたビニール袋を彼女に差し出してあげて、恥ずかしいだろうから周りに見えないように私が壁になってあげました。
すると、すぐに電車は次の駅に到達して、恥ずかしくて仕方なかった彼女はバタバタと私が差し出したビニール袋を握りしめて下車していきました。
降りる時に彼女バタバタしすぎて、ゲボがついたスマホを電車の床に落としてしまい、私はそれを拾ってあげるという優しさを見せつけてやりました。
彼女がいなくなって、静かになった車内でふと自分の靴を見つめたら、靴にゲボが付いているじゃぁありまけんか。…そっと拭いました、、。
もし、私が長身の美男子だったら、多分彼女に惚れられたかもしれません。
そして彼女は後日SNSで「あの時助けてくれた人を探してます!!」ってやっていたに違いない。
妄想乙!!!
でも、バスで遅れながらも席を譲ってくれたサラリーマン。ゲボした女の子をちょっと助けた私。
完全に助ける事はできなかったにしろ、気にかけて行動してくれた人がいるという事実は、人の辛い思い出に寄り添える記憶となるはずです。
(なんか牧師のような事を言ってんな。)
とはいっても、少し行動に出すのもマジで余裕がなきゃ無理ゲー。
大森元貴が書いた「我逢人」の世界を築きあげるには、まず社畜をなくす事だ、、、、。
世界で1番国民が幸せなフィンランドのトップに日本の仕事のやり方見直してほしいものです。
それでは、今日も漫画と文章、どっちが本体なのかわからないブログを更新してしまいました。
では、さらなら。さやなら。さやらな。

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